ブルー・シャトウ【1967年リリース】

「ブルー・シャトウ」のオリジナル曲は、1967年3月にリリースされグループ・サウンズのジャッキー吉川とブルー・コメッツが歌唱しました。

「ブルー・シャトウ」のオリコンチャートの順位は14位。レコード売上は150万枚でグループ最大のヒット曲になりました。

1967年の第9回日本レコード大賞・大賞を受賞し、この年の『第18回NHK紅白歌合戦』の出場曲にも選ばれました。。

多くのアーティストの皆さんがカバーしている中で、高橋真梨子さんを選曲しました。


ブルー・シャトウ 高橋真梨子 



この曲がヒットした直後から、歌詞の各単語の語尾のところに「森トンカツ~♪」「泉ニンニク~♪」「かコンニャク」「まれテンプラ(テンドン)」などといった食べ物の名前を付けた替え歌が当時の子供たちの間で大流行して一種の社会現象となりました。

一世を風靡したGSブームのヒット曲ですね。

 ジャッキー吉川とブルー・コメッツ  ブルー・シャトウ 




遠くで汽笛を聞きながら【1976年リリース】

「遠くで汽笛を聞きながら」のオリジナル曲は、1976年9月にフォークグループ・アリスが歌唱しました。

「遠くで汽笛を聞きながら」のオリコンチャートの順位は51位。

1976年は、モントリオール五輪開催され、
国内ではロッキード事件の国会証人喚問で「記憶にございません」という“言い逃れの言葉”が流行しました。

学校給食にはごはんが導入され、はがき20円・封書50円に郵便料金が値上げされました。

アントニオ猪木とモハメド・アリの異種格闘技戦の対戦もこの年です。

カバー曲は、アリスのメンバーの谷村新司さんです。


遠くで汽笛を聞きながら 谷村新司 

1977年10月の「冬の稲妻」で大ブレイクしたアリスですが、「今はもうだれも」(1975年9月)、「帰らざる日々」(1976年4月)「遠くで汽笛を聞きながら」とその前から、アリスの代表曲をリリースしていました。

アリスの曲は聴けば聴くほど、“深い”ですね。


遠くで汽笛を聞きながら アリス 


旅人よ【1966年年リリース】

   
「旅人よ」のオリジナル曲は、1966年10月にリリースされ加山雄三とザ・ランチャーズによって歌唱されました。

発売当初は「夜空を仰いで」のB面でしたが、のちに「旅人よ」の評判が良かったためA面として再発売されました。

「旅人よ」が発売された1966年(昭和41年)は、日本が高度経済成長を遂げた真っ只中で、多くの国民が生活の向上を実感し始めた時期でもあります。

日本の人口が1億人を突破し、「カー、クーラー、カラーテレビ」が「新 三種の神器」と呼ばれ、家庭への普及が本格的に始まりました。

また、世界的に有名なロックバンド『ビートルズ』が来日し、日本武道館で公演を行ったのもこの年の6月です。

多くのアーティストの皆さんが歌番組やコンサートなどで歌っている昭和の名曲です。

そんな中からキャンディーズがライブで歌唱したカバーソングです。


キャンディーズ 旅人よ 

ザ・ランチャーズは、加山雄三さんが集めて結成したグループ・サウンズのバンドです。

活動停止→再結成したザ・ランチャーズでしたが、加山雄三さんのバックバンド的なイメージが強く1971年に解散しました。

「旅人よ」は、年末の紅白歌合戦でも2度歌唱されていて、多くの人に支持されている加山雄三さんの代表曲の一つです。


旅人よ 加山雄三とザ・ランチャーズ 

   

The Sound of Silence (サウンド・オブ・サイレンス)【1964年リリース】

The Sound of Silence (サウンド・オブ・サイレンス)を初めて聴いたとき…

メロディと歌声がなんて美しい曲なんだ…という強烈な印象がありました。

出だしのイントロをギターで真似してよく弾いた思い出があります。

Julia Westlinさんの歌声も美しいですよね~ ^^!


The Sound Of Silence – Julia Westlin (ACAPELLA)

ビルボード誌で週間ランキング第1位を獲得し、オリコン・シングルチャートでは1位~10位のすべてにランクしました。

映画『卒業』の挿入曲として有名ですよね。

「The Sound of Silence (サウンド・オブ・サイレンス)」は、1965年8月にポール・サイモンのソロアルバムに再収録され、同年6月15日にサイモンとガーファンクルのデビュー・アルバムにも収録されました。

1966年にはシングル・ヴァージョンを発表。日本でも発売されました。


サウンド オブ サイレンス Simon & Garfunkel  


知床旅情【1965年リリース】

「知床旅情」は、映画『地の涯に生きるもの』の撮影のため知床半島の羅臼に長期滞在した際に森繁久彌さんが作詞・作曲を手掛けた楽曲です。

シングルレコードが発売されたのは1965年ですが、1962年に放送された第13回NHK紅白歌合戦では、森繁久彌さん自身が歌唱しました。

その後、1970年11月にリリースした加藤登紀子さんのアルバム『日本哀歌集』に収録され、同年にシングルカットされました。

1971年のオリコンチャートでは、「知床旅情」は7週連続の1位を獲得しました。
この年のオリコン年間チャートでは2位にランクインし、累計の売上は140万枚を記録しています。


知床旅情  加藤登紀子 

多くのアーティストの皆さんがカバーしています。
ご当地ソングではありますが、私たちの心の琴線に触れる昭和の名曲です。

知床旅情 森繁久弥