たどりついたらいつも雨ふり【1972年リリース】

「たどりついたらいつも雨ふり」のオリジナル曲は、1972年7月にリリースされロックバンドのザ・モップスが歌唱しました。

「たどりついたらいつも雨ふり」の累計売上は約14万枚。週間オリコンチャートは26位。

人懐っこい性格のモップスの鈴木ヒロミツさんに、「拓郎っ、曲を作ってくれ!」と依頼された吉田拓郎さんが、「曲はあるけど…」と言って、アマチュア時代に作った曲「好きになったよ女の娘」の詞を書き直して提供しました。

大勢のアーティストの皆さんがカバーする中で、鈴木ヒロミツさんと所属事務所が同じだったという和田アキ子さんが大友康平さんと歌っている動画です。


和田アキ子 大友康平  たどりついたらいつも雨ふり

「鈴木ヒロミツは怖い人だったけど、ボーカルが良かった」とという拓郎さんは、制作された曲の出だしのギターを聞いて、「やったな」と自身のラジオ番組で述懐しています。


ザ・モップス たどりついたらいつも雨ふり


思い出は美しすぎて【1978年リリース】

「思い出は美しすぎて」のオリジナル曲は、1978年1月にリリースされシンガーソングライターの八神純子さんが歌唱しました。

「思い出は美しすぎて」は発売に先立って、1977年秋のコッキーポップのテーマソングに使われました。

「思い出は美しすぎて」のオリコンチャートの順位は25位、12万枚の売上でした。

1978年は、原宿に竹の子族登場した年です。

新東京国際空港(現成田国際空港)開港、超高層ビル「サンシャイン60」が開館、24時間テレビ「愛は地球を救う」放送開始されました。

インベーダーゲームが大流行し、「口裂け女」「たたりじゃー」「フィーバー」「窓際族」などが流行語となりました。

カバーは、同時代に活躍した渡辺真知子さんがラジオで歌った貴重な音源です。


渡辺真知子 思い出は美しすぎて 

八神純子さんは、「思い出は美しすぎて」でプロ歌手として本格デビューを果たしました。

「思い出は美しすぎて」は、1978年6月に八神純子さんがリリースしたファーストアルバム『思い出は美しすぎて』にも収録されています。

年を重ねて改めて曲に聴き入ってみるとと、曲のタイトルをズシリと実感しちゃいますね。^^!


八神純子 思い出は美しすぎて