つぐない♪【1984年リリース】

「つぐない」のオリジナル曲は1984年11月にリリースされ、台湾を代表するアジアの歌姫・テレサ・テンさんが歌唱しました。

「つぐない」の週間オリコンチャートの順位は6位、年間チャートは42位でした。

オリコンのセールスでは44.2万枚となっていますが、150万枚を売り上げたという別の資料もあります。

日本の音楽ファンの強い要望で、1984年に再来日が許可されたテレサ・テンさんは、「つぐない」で日本での再デビューを果たしました。

松田聖子さんの「つぐない」です。


 松田聖子 つぐない 

日本ではムード歌謡・演歌というイメージが強かったテレサ・テンさんですが、多くのJ-POPなどの曲も歌っていたが印象に残っています。

42歳の若さで亡くなってしまったことはとても残念ですが、テレサ・テンさんの楽曲はずっと歌い継がれて欲しいですね。


 テレサ・テン つぐない 


恋人よ 【1980年リリース】

「恋人よ」のオリジナル曲は1980年8月にリリースされ、シンガーソングライターの五輪真弓さんが歌唱しました。

「恋人よ」の週間オリコンチャートの順位は1位(3週連続)、1981年の年間チャートは3位でした。

1980年から1981年にかけてロングヒットし、累計売上ではミリオンセラーを記録しています。

男性女性を問わず多くのアーティストの皆さんがカバーしている昭和の名曲です。

どのアーティストの皆さんのカバーを聴いても、その歌唱力に惹き込まれてしまいそうなのがこの曲のとくちょうではないでしょうか。
いつも、どのカバーを選ぶかは悩みどころですが、今回は2つ選びました。

一つは、「歌謡界の女王」と呼ばれ、今なお語り継がれる伝説の歌姫・美空ひばりさん。


美空ひばり  恋人よ 

もう一つは、河合奈保子さんとの五輪真弓さんとのコラボ。


河合奈保子 五輪真弓  恋人よ 

交通事故で亡くなってしまった五輪真弓さんのデビュー当時のマネージャー・木田高介氏のことを思って書き上げた曲なんだそうです。


五輪真弓  恋人よ 


ジュリアに傷心【1984年リリース】

「ジュリアに傷心」(ジュリアにハートブレイク)のオリジナル曲は1984年11月にリリースされ、ポップスバンド・チェッカーズのボーカル藤井フミヤさんが歌唱しました。

「ジュリアに傷心」の週間オリコンチャートの順位は1位、年間チャートは1位でした。

2016年に「夏色のニャンシー」とタイトルと歌詞を変えて、Y!mobileのCMソング採用されました。

名曲のカバーには定評のあるAcid Black Cherry(アシッドブラックチェリー)を選曲してみました。

アレンジもいい感じですね。


 ジュリアに傷心 Acid Black Cherry 

チェッカーズとして最大のヒット曲となった「ジュリアに傷心」の売上は約70万枚でしたが、80年代の代表するポップスであり、チェッカーズの代表曲でもあります。


 チェッカーズ  ジュリアに傷心 


ワインレッドの心【1983年リリース】

「ワインレッドの心」のオリジナル曲は1983年11月にリリースされ、ロックバンド・安全地帯のボーカル・玉置浩二さんが歌唱しました。

「ワインレッドの心」の週間オリコンチャートの順位は1位、年間チャートは2位でした。

サントリーのスイートワイン「赤玉パンチ」のCMソングとしても、強烈な印象が残っています。

この曲が流れると、作詞した井上陽水さんのがセルフカバーした『9.5カラット』というアルバムをよく聴いたことをことを思い出します。


 ワインレッドの心 井上陽水 

安全地帯の名を世に知らしめたのが「ワインレッドの心」でした。

バンドが目指した方向とは違い、売れそうな曲をとヒット曲が出ない安全地帯の玉置浩二さんが、1週間自宅に閉じ籠って作った曲です。


 安全地帯  ワインレッドの心 


夏をあきらめて【1982年リリース】

「夏をあきらめて」のオリジナル曲は1982年7月にアルバム曲に収録され、サザンの桑田さんが歌唱しました。

「夏をあきらめて」は、1982年9月に研ナオコさんのカバーシングルがリリースされました。

「夏をあきらめて」のカバー曲の週間オリコンチャートの順位は5位、1982年の年間チャートは74位、1983年の年間チャートは68位でした。

研ナオコさんの「夏をあきらめて」がオリジナルだと思っている人も多いんじゃないでしょうか。


 研ナオコ  夏をあきらめて 

サザンの昭和の楽曲もサイコー ^^!


 サザンオールスターズ – 夏をあきらめて